わらじまつり物語
2019年のまつりリニューアルで最初に手をつけたのは、まつりの起源に関わる物語を作ることでした。「わらじまつり」のもとになっている「暁まいり」の起源は、実はよくわかってはいません。ただ、福島には数多くの伝説や民話が残っていて、そこから想像力を巡らせることはできます。そんな伝説や民話をもとに、脚本家の渡辺あやさんに、わらじまつりの始まりの物語を作ってもらいました。起源がわかれば、そこからぶれずに、いかようにもまつりを発展させていくことができます。大わらじの動きも、おどりや音楽、衣装もこの物語をもとに発展させていきます。本ページで、物語が公開されていますので、ぜひご覧いただければ幸いです。
わらじまつり物語(短縮版)
文・渡辺あや 福島弁監修・森和美 絵・飯野和好
むかし信夫の里は大きな湖でした。湖はいつも真っ黒な泥水をたたえていましたが、その真ん中にぽこんと突き出た山だけはとても緑美しく、その山を村人たちは信夫山と呼んでいました。
村人たちは、湖を囲む山々のせまい土地に田んぼや畑を作り暮らしていました。
朝に夕に信夫山をながめては、
「いつか登ってみてぇなあ」
と思っていましたが、そうすることはできませんでした。なぜなら湖にはおそろしい大蛇がすんでいたからです。
大蛇は、ふだんは湖の奥底にじっと沈んでいましたが、ときどき大きな頭をもちあげては畑を荒らすので、村人たちはとても困っていました。
ある年のこと、ついに村人たちの田んぼが大蛇に食べ尽くされてしまいました。
村人たちは思わず信夫山に向かって手を合わせました。
「信夫山の神様、おれらこのままでは生きていけねぇ。どうか助けてくなんしょ」
すると、とつぜん激しい雷とともに天狗があらわれて言いました。
「田んぼの藁で大きなわらじをこしらえよ」
村人たちは田んぼの藁をかきあつめ、大きなわらじを編み始めました。
出来上がった大わらじをみなで持ち上げると、まるで100本の足の生えた大きな百足のようになりました。
その夜、大蛇が湖の底で寝ていると、楽しげな音が聴こえてきました。
「何だべ?」
湖に顔を上げてみると、小舟の上で33人の女たちが楽器を奏でたり踊ったりしています。
「おっほっほ!」
大蛇が喜んで近づこうとしたそのとき、ガブリ!!となにかが鼻先にかぶりついてきました。
「うわああ!」
みると、そこには大きな百足がそびえたっています。
「なんだお前(め)は!?」
「おらあ百本足の大百足よ。お前(め)のこと退治さ来た」
「うっつぁし!退治されんのはお前(め)の方だべや!」
大蛇は大百足の首元にかぶりつきかえしました。
「やい、まいったか?」
大蛇はさらに強く噛もうとしましたが、口に力がはいりません。しかも、みるみるうちに噛まれた鼻先が大きく腫れあがってきました。
「わああああん!」
大蛇は海の方に一目散に逃げてゆきました。すると湖の泥水も海に向かっていっせいに流れ出しました。
朝、村人たちは泥水のあとにあらわれた大地の真ん中で目を覚ましました。
「なんと、おれらは大蛇と戦ったんだでな」
「信夫の神様が助けてくれらったんだ」
村人たちは、大わらじを担いで信夫山の神様にお礼を言いにいくことにしました。
「神様、ほんにありがとうござりやした」
「もらった土地をみんなでだいじにしやすから、どうかいつまでも見守っててくなんしょよ」
その夜、村人たちはあたらしい大地をふみしめながら、お祝いをしました。いつまでもつづく楽しいうたげを、信夫山がやさしく見守っていました。
わらじまつり物語(完全版)
むかしむかし、信夫の里は大きな湖でした。湖はいつも真っ黒によどんだ泥水をたたえていましたが、その真ん中にぽこんと突き出た山だけは、とても緑美しく、その山を村人たちは信夫山と呼んでいました。
村人たちは湖をぐるりと囲む山々に暮らしていました。山の中のわずかな土地に小さな田んぼや畑を作り、一生懸命お米や野菜を育てていました。
朝に夕にまた畑仕事の合間に信夫山をながめては、
「父ちゃん!信夫山って、いつ見でも美しい山だない」
「んだなあ。たしか神様が、住んでいられっからだべぇ」
「おら、いつか登ってみてぇなあ」
と手をあわせていましたが、村人たちは、けして信夫山に行くことはできませんでした。
なぜなら信夫山の浮かぶ湖にはおそろしい大蛇がすんでいたからです。
大蛇は、その長い体を信夫山にぐるりと巻きつけ、ふだんは湖の奥底にじっと沈んでいましたが、ときどき大きな頭をもちあげては、だいじな畑を荒らしたり、家畜を食べてしまったりして村人たちをほとほと困らせていました。けれども歯向かうには、大蛇はおそろしい生き物でした。その目はギラギラと光り、背中や腹はかたい鱗にびっしりとおおわれ、真っ赤な口は開くと牛十頭も丸呑みできそうに大きいのです。しかも困ったことに村人たちがせっせと作物や家畜を育てるほど、それを荒らす大蛇はどんどんと大きく肥えてゆき、いっそうたくさん食べるようになっていきました。
「困ったなや。このままではおれらの食い物なくなっちまう!」
村人たちは不安に思いながら、なすすべがありませんでした。
しかしある年のこと、ついに村人たちの田んぼが大蛇に食べ尽くされてしまいました。
村人たちは、大蛇に踏み倒されめちゃくちゃになった田んぼに集まって嘆きあいました。
「とんでもねえことになったがや。おれらの食い物、なくなっちまった」
そうして思わず信夫山に向かって手を合わせて言いました。
「信夫山の神様、おれらこのままでは生きていけねぇ。どうか助けてくなんしょ」
すると、ふしぎなことがおこりました。
とつぜん空に稲妻が光り、雷がとどろき、おどろいた村人たちが思わず空をみあげると、そこに天狗が舞い現れたのです。
「ありゃあ、天狗様だ!何(なん)しに来たんだべ?」
天狗ははげしい鈴の音とともに言いました。
「田んぼに残った藁で大きなわらじをこしらえよ。それを皆でかつげば100本の足が生えて大百足となる。さすれば大蛇は退治できるだろう」
そうしてまた稲妻の向こうに消えてゆきました。
村人たちはいそいで田んぼの藁をかきあつめ、それで大きなわらじを編み始めました。
みなでどんどん編むうちに、誰もみたことのないような、それはそれは大きなわらじが出来上がりました。
「うっわあ!こらぁでっかいわらじができたもんだなや」
ずっしりとした大わらじを村人みなで持ち上げると、たしかに100本のたくましい足の生えた大きな百足のようになりました。
その夜、大蛇は湖の底で寝ていました。
「あいや!これは食い過ぎたがや。うーっ、腹くっち」
苦しい腹をゴロンと上にむけたとき、ふと楽しげな楽器の音が聴こえてきました。
「あん?何だべ?」
音はどうやら水の上の方から聴こえてきます。
大蛇は気になって頭を少しだけ水の上に出してみました。
すると向こうに小舟が浮かび、その上で美しく着飾った33人の女たちが、楽器を奏でたり踊ったりしています。
「おっほっほ!」
大蛇はうれしくなって、思わずそちらの方にズルズルと頭を寄せてゆきました。
そのときです!空にビカビカっと稲妻が走ったかと思うと、ガブリ!!
「うわあっ!なんだ?!」
闇の中からなにものかの大きな口が大蛇の鼻先にかぶりつきました。その痛いこと。
「うわああ!うわああ!」
大蛇は首をブンブンとふってはらおうとしましたが、大きな口は大きな図体を持っているらしくなかなか離れません。
「えいっ!!」
それでもどうにかふりきって目の前をみると、見たこともないよう
な大きな百足がそびえたっています。
「な、なんだお前(め)は!?」
「おらあ百本足の大百足よ。お前(め)のこと退治さ来た」
大百足は雷のような声で言いました。空にはいくすじもの稲妻がまるで百足を応援するかのようにビカビカと光っています。
「うっつぁし!退治されんのはお前(め)の方だべや!」
大蛇はぐわっと大きな口をあけると、ガブリ!百足の首元にかぶり
つきかえしました。
「・・・・」
大百足はかぶりつかれたままじっとしています。33人の女たちは小舟の上から心配そうにそれを見つめていました。
「やい、まいったか?もっと力を込めてやっつぉ!」
大蛇はさらに強く噛もうとしました。けれども
「うん?」
なんだか口に力がはいりません。
「あれや?あれや?」
みるみるうちに目の前に大きな赤いコブが見えてきました。どうやらさきほど大百足に噛まれたところが大きく腫れ上がってきたようです。
「は!はへ!?」
もう口を閉じることもできなくなってしまいました。
「・・・・わああああん。わああああん」
大蛇はしばらく痛い鼻先をぶんぶん振り回していましたが、そのうちたまらず海の方に一目散に逃げてゆきました。
「おおお!あれ見ろ!」
山から戦いを見守っていた年寄りたちが思わず指差しました。
大蛇が去っていった海の方向に向かって、湖の泥水がいっせいに流れ出したのです。
どろりどろりどろりどろり・・・
泥水は一晩かけて海に向かって流れつづけました。
朝になると、泥水が流れ去ったあとに、よく肥えた広い広い大地があらわれていました。
大百足となって戦った村人たちは、その真ん中で目を覚ましました。
「なんと、おれらは大蛇と戦ったんだでな」
「おれなんて必死でわらじさ、しがみついてただけなんだげんちょよ」
「信じらんになぁ。夢でも見てたんだべか?」
「夢なんどあっか。信夫の神様が助けてくれらったんだ」
村人たちは、みなで大きなわらじを担いで信夫山の神様にお礼を言いにいくことにしました。
「神様、ほんにありがとうござりやした」
「もらった土地をみんなでだいじにして、いい田んぼだの畑だのこしらえていきやすから」
「どうかいづまでも見守っててくなんしょよ」
なんども神様にお礼を言いながら、いつかここにりっぱなおやしろを建てたいと村人たちは思いました。
こうして村人たちは、毎年大わらじを作って信夫山におさめるようになったのです。
その夜、村人たちはあたらしい大地をふみしめながら、おもいおもいに歌ったり踊ったりして、お祝いをしました。
星空の下、いつまでもつづく楽しいうたげを、信夫山がやさしく見守っていました。